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小室哲哉ラジオTOKYO SPEAKEASYに2年4ヵ月ぶりに出演の一部内容

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2018年1月に芸能界引退を表明した音楽プロデューサーの小室哲哉さん(61歳)

私は、小室さん音楽全盛の時代に、若かりし頃を過ごしていました。

そんな小室さんが6月11日放送のTOKYO FM『TOKYO SPEAKEASY』にゲストとして生出演。2年4ヶ月ぶりのメディア出演で、古市憲寿さんとトークをしています。

本日は、番組の一部内容を抜粋してご紹介いたします。

小室哲哉ラジオTOKYO SPEAKEASY出演きっかけ

オリコンニュース

古市「小室さん、久しぶりですね、表に出てくるってどれぐらいぶりですか」

小室「公共の電波みたいなのは、2年四か月ぶりかも知れない」

古市「こんなしかも深夜に。」

小室「秋元康さん、秋元ちゃんって呼んでるんですけど、秋元ちゃんがプロデュースしている番組だっていうことでねー、小室くん出ようよっていう感じで、さらっと、さらっと言っていただいてね。」

古市「約2年ぶりという訳ですけど、復帰っていうわけではない?」

小室「あのー、ホントあくまでも秋元ちゃんのお友達で、僕がやってる番組だからさ、人気あるんだよっていう。みんなすごい出たいっていう番組で、そうですかって、感じで、光栄ですって、あと古市だし。二人きりって、ロンドンのラーメンぶりかなって。」

古市「なんか、たまたまロンドンにいた時に、小室さんもロンドンにいらして、で、なんか会おうってなって、2人ラーメン食べましたよね。

多分、日本じゃラーメンとか食べないのに、なぜかロンドンでは、ラーメン食べようっていう。」

小室「割り勘だったか、覚えてないけど。」

古市「ボクが払いました。あの時は、小室さんにおごりました。笑」

小室「ごちそうさまでした。笑」

小室哲哉は引退表明後の2年間に何をしていた?

古市「2年以上、何してたんだろうってことが、たぶん本当に、一般の人にもれ聞こえてないっていうか、僕でさえあんまりわかってないんで、この2年以上何してたんですか?」

小室「んー、18年は、何やってたか覚えてないぐらい記憶が飛んじゃってるぐらい。鍵盤やピアノも触れてもいなかったし、1度も。

あのーちょっと、やっぱり耳が、病気になっちゃったのもあったりで、音楽にも触れることもなく、何にしてたか思い出せない位で、19年になって、やっと少しずつ、ちょっとずつ。何だろう、4年ぐらい前に、ウィーンで(古市に)会ったじゃない。オーストリアで。

アートフェスティバルで、そのくらいから、アートの人達との仲間が増えてきて、それからずっとアートにつける音楽みたいなのをやってたのね。ずっとやり続けていて、で、その18年の時は、は何もやらなかったんだけど、19年になってから、ちょっとアートに音つけてみようかな、みたいなこともちょっとし始めたり。

あと知り合いの人で、建築に詳しい人を紹介してもらって、建築に音楽をつけるのも面白いなぁっていうのを、去年の秋ぐらいかなあ。

ただ、シンセサイザーには去年は触れてないね。」

古市「あくまでもアートの延長でピアノを弾くっていう」

小室哲哉エイベックスのスタジオにて

古市「まだ曲とかはぜんぜん作ってはいないですか?」

小室「コロナで大変な時期になる少し前に、エイベックスの松浦さんから、スタジオでレコーディングとか色々してるから、遊びにきませんかみたいな感じで、普通に遊びに行って。で、そこは、ピアノはなくてシンセサイザーだけだったから、なんか引いてみてくださいってことで笑、すごい10人ぐらい入っていて、なんか、ふわーっと弾いたんだけど。何か決めてた訳ではなくてね、まあ僕の勝手な感覚だけど、小室哲哉がシンセ弾いてるみたいな笑、何か背中で感じて、楽しいなぁ意外とって。

古市「たしかに、若いそれを見ていたミュージシャンは、小室さんのことを伝説みたいに思ってるわけだから。」

小室「すごくそれは、それで何か弾くだけでも、弾いてるって思ってくれるんだみたいな感じには思って。」

小室哲哉と秋元康の曲づくり

小室「それと、ほぼ同時ぐらいに、秋元ちゃんからLINEが入って、曲書きませんかって

いつもあんまり、そんなに多くを語らないので、なんとなくだいたいこう予想してるんだけど、

なので軽い質問しながらだけど。そこで、断ることもできるけど、すごく熱く語ってくれたので、

久々にあのーレコーディングね。

秋元ちゃんが曲を書いてくれっていうのは、あのーピアノで僕はちょっと歌ってってことではないんだよね。」

古市「ちゃんと、完パケで発売できるようにするという」

小室「オケはあって、歌詞はないけれど、メロディーがちゃんとガイドのボーカルが、僕の場合は僕は自分で歌って、それでイントロがあったりして、エンディングがパンって終わるように出来上がるのが、課題曲とか提出曲っていうのが、何って言ったら良いかわかんないんだけど、そういう形なので、まあ、一曲簡単に言えばすごくシンプルに作るようなもんなんだよね。」

小室「それを(秋元さんに)出してみて、ようは、いいねって言ってくれるか、ちょっとって思ってたの違うんだよなって、それだけの話であって。

それで、やってみようかなーって、これからいよいよ自粛だし。そこで、初めて最初3曲作ったのかな。まだ全然できてはないけど。

秋元さん関係は、ボクが作らせてもらったのは、一番最後が、ラストアイドルっていうグループだから。で、全然色んなグループあるから分からないんだけど、3曲は、結局ダメで。笑」

古市「そんなにダメ出しとかされるんですね」

小室「あのー、昨年35年やってるけど、1回も一発OKってないよ笑」

古市「そうですか、そのすっごい売れてた時とかも、小室さんだから、一発で通るわけじゃない。」

小室「35年で、1回として、はいオッケーってない。」

古市「ちゃんと、どの時代も、これはちょっとなぁとか、言う人がいたんですね。」

小室「もうちょっと、素晴らしいんですが、ちょっと盛り上がりがとか笑。これ凄いんだけど、誰々の小室さんが作ったあの曲あるじゃないっすか。あれみたいなのが良いんですって笑。そう言ってよ最初からみたいなのもあったり。」

古市「何か嫌じゃないんですか?」ダメだしされることは?」

小室「あのねー、嫌よりも、やっぱり褒めてもらうっていうか、良かったですよって、いいですねって言ってもらえる、その至福の時っていうのは、あんまりこういう物作りの人にしか分からないことかもしれないけど」

古市「ずっと、もうある意味新人作曲家っていうか、大御所としてだすのではなく、曲を出して磨き上げていくっていう。」

小室「仮に、やってやるぞという気持ちがあったとしても、最終的には作った時には、いかがでしょうっていう気持ちになるという。不安げに、どうっていう。最終的に100万人とかにいいねって言ってもらえる曲もあったかもしれないけど、でも最初はそこ。1人に良いですねっていってもらうためにやってるところがある。」

この続きは、改めてご紹介しますね。

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

【斎藤一人 オフィシャルブログ】

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