長く低迷気味だった演歌の世界に新風を吹き込んでいる「演歌第7世代」。
演歌界を盛り上げたいという思いから、一致団結して活動している5名のイケメン演歌歌手の集まりです。
新浜レオンさんは、この集まりのメンバーの一人でした。
しかし2年半の活動後、2024年3月15日に「演歌第7世代」を卒業した新浜レオンさん。
そんな新浜レオンさんとはどんな人物なのでしょうか?
そこで今回は、新浜レオンさんについて色々調べてみました。
新浜レオンはどんな人物?
1996年5月11日、千葉県出身の新浜レオンさん。
新浜レオンさんは、幼い頃から演歌・歌謡曲に親しみ、歌手としての夢を育んできました。
というのも、新浜レオンさんのお父様は、演歌歌手の高城靖雄(たかじょうやすお)さんなのです。
高城靖雄さんの代表作は、『♪は・か・た・のしお』のCMソング。
1997年から2005年まで『伯方の塩』のイメージキャラクターとして、全国ネットのCMに出演した方です。
お父様の影響で、「ラジオはいつも演歌、テレビをつければいつも歌謡番組だった」と語る新浜レオンさん。
なので、小さい頃から演歌・歌謡というジャンルが大好きだったそうです。
高卒後、お父様の仕事を手伝ったり、音楽の専門学校に進んで、いち早く歌手の道に進もうと考えました。
しかし、お父様の勧めで大学に進学。
大東文化大学で学びつつ、お父様のバックコーラスや前歌を務める機会を得ました。
そこで見たのが、ディレクターから「もっとこうして歌いなさい」と怒られていたお父様の姿。
それまでカッコいいお父様の姿しか見ていなかったという新浜レオンさん。
お父様の「こんな苦労もしてたのか」という一面を見て、改めてお父様を一歌手として尊敬。
そして、父親のようになりたいと決意したそうです。
そして大学3年生の時、「ミスター大東コンテスト2017」で、森田公一とトップギャランの『青春時代』を熱唱。
会場内を練り歩き、学生一人一人と握手をしながら歌を披露しました。
その結果、会場は大変盛り上がり、見事グランプリを獲得することができたのです。
その時の学生たちの反応を見て、「将来は歌手になって、若い世代に歌謡曲のすばらしさを伝えたい」と決意したとか。
大学4年生になり、演歌・歌謡歌手が全くいなかったB ZONE(ビーゾーン)にデモテープを持参。
演歌、歌謡、ポップスなど幅広い曲を入れたデモ音源が気に入られ、2週間後にテスト撮影に臨みました。
因みにテスト撮影までの2週間で、10キロの減量が必要だったそうです。
2週間で10キロの減量とは、並大抵の努力ではできませんよね。
新浜レオンさんが持つ、歌に対する深い愛情、ひたむきさ、ストイックさ、礼儀正しさと優しさ。
それらが、多くのスタッフの心を動かし、デビューに向けた本格的な活動がスタートしたのです。
2019年5月1日、「海峡レコード」から新浜レオンさんのデビューが決定しました。
「海峡レコード」は、新浜レオンさんのために立ち上げられた演歌・歌謡の新レーベルです。
新浜レオンさんは、B’z、倉木麻衣さん、大黒摩季さんらが属するB ZONEグループ初の演歌歌手となりました。
そのデビュー前の4月29日、幼少時から初詣に訪れていた「成田山新勝寺」でヒット祈願イベントが開かれました。
由緒正しい成田山新勝寺での新人イベント開催は極めて異例だったそうです。
当日は、多くの報道陣が詰めかけ、大きな話題となりました。
B ZONEグループの、新浜レオンさんへの期待がいかに大きかったか分かりますよね。
デビュータイミングからキャンペーンをスタート。
地元千葉県では、2019年5月6日にチバテレで冠番組が始まりました。
『はじめまして!僕、新浜レオンです!!』というレギュラー番組です。
現在は『ドシラソファミレオン♪』という番組にリニューアル。
長山洋子さんや大黒摩季さんなど豪華ゲストも話題となり、ネット局が全国に拡大中です。
そして「幅広い世代に、歌謡曲のすばらしさを伝えていきたい」という本人の意向を受け、新たな展開がスタートしたのです。
それは、サンリオとのコラボレーション!
新浜レオンさんをイメージして作られたオリジナルキャラクター「れおすけ」の誕生です。
れおすけは、クマのぬいぐるみが新浜"レオ"ンにあこがれて、ライオンになるという設定です。
新浜レオンさんのそばで歌手として支えていて、ファンイベントにも参加しています。
そして、デビューシングルの『離さない離さない』は、オリコン週間ランキング演歌・歌謡部門で1位になりました。
同年12月、日本レコード大賞新人賞を受賞。
人気、実力ともに歌謡界に旋風を巻き起こしています。
新浜レオン「全てあげよう」はどうやって作られた?
かねてから西城秀樹さんへのリスペクトを公言し、ライブでもカバーを披露してきた新浜レオンさん。
今年3月に発売された6枚目のシングル『全てをあげよう』は、西城秀樹さんの曲を想起させるような、情熱的な曲。
この曲は、木梨憲武さんがプロデュース、所ジョージさんが作詞・作曲を手がけたものです。
きっかけは、木梨憲武さんのラジオ『木梨の会。』(TBSラジオ)でした。
この日の『木梨の会。』には、新浜レオンさんと所ジョージさんが出演。
トークの流れで、新浜レオンさんの「秀樹さん愛」が話題に。
そこで、木梨憲武さんが所ジョージさんに「せっかくだから"秀樹風"の曲を作ってあげてよ」とお願いしたそうです。
その後、急ピッチで楽曲制作が進み、放送の2日後にデモテープが送られてきました。
「ヒデキさんのような昭和の歌謡ロックの世界を、所さんのおかげで2024年によみがえらせることができた」と木梨憲武さんが語る自信作となりました。
懐かしくも情熱的な『全てをあげよう』は、オリコンの演歌・歌謡曲の週間ランキングで25週連続でトップ10入り。
また、この曲ではラストで膝立ちしながら床を滑る「膝スラ」こと膝スライディングが大きな話題を呼んでいます。
「膝スラ」をすると、摩擦熱で1本10万円するズボンがすぐに傷んでしまうとか。
「それでも、衣装が破れるよりも多くの人に喜んでもらえる方が大切。
これからも滑っていきますよ。」
と語る新浜レオンさんでした。
新浜レオンは紅白やレコ大に出場する!?
2023年12月、5枚目のシングル『捕まえて、今夜。』で、『紅白歌合戦』出場を狙っていた新浜レオンさん。
残念ながら出場に至らず、しばらく落ち込んでいたとか。
ちょうどそこに舞い込んできたのが『全てをあげよう』の制作でした。
2024年3月24日、『全てをあげよう』の発売記念サンプリングに登場し、『紅白歌合戦』にかける熱い思いを語りました。
「来年ではなく今年。
この『全てをあげよう』で決めたい。
口だけの新浜レオンでないことを示したい。」
イベントの最後に「何としても今年、『日本レコード大賞』、『紅白歌合戦』のステージに立ちます。
そこだけを一直線に目指して走っていきたいと思っております。」
と宣言し、笑顔でイベントを終えました。
『日本レコード大賞』、『紅白歌合戦』の出場は、新浜レオンさんの大きな目標なんですね。
その中でも『紅白歌合戦』のステージに立ち、ファンと共に新しい景色を見ることが、現在の一番の目標だとか。
日本全国に歌を届けることで、応援してくれるファンに恩返しができたら嬉しいそうです。
まとめ:新浜レオンはどんな人物?
「演歌第7世代」の最年長だった新浜レオンさんは、2024年3月、この集まりを卒業しました。
デビューして丸5年になるので、一つの区切りとしたかったようです。
「卒業後は、より一層頑張って、皆さんに恩返しすることが演歌・歌謡界を盛り上げるためにも一番大切なこと」と語っています。
自身が注目を集めることで、演歌・歌謡曲を聞かなかった若者たちを演歌・歌謡界に取り込みたいという思い。
今後、新浜レオンさんがどのように成長し、演歌・歌謡界を盛り上げてくれるのか、楽しみですね!